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明日は味方

明日は味方

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佐藤という名の群れと、夫婦別姓

2025-05-29
 十月十日(とつきとうか)と書いて朝。人間は毎日生まれ変わる、と高野山の僧侶が話していた。細胞がどんどんあたらしくなるから、物理的には「はい」だ。でも、記憶とか意識があるから「いいえ」かもしれない。けれど、あんなに夢中だったことに熱を上げていた自分が、いつの間にか冷めてしまったり、過去の行いに後悔したりする。変わっているのだ、人は。しかも、わりと勝手に変わる。でも、でも変わられては困る。特にお金を貸した側は困る。「昨日の私は今日の私と違います」と言われたところで、はいそうですか、とはならない。だから、契約書や婚約届を作る。約束だけは変えられないように。

 新聞を開いたら、夫婦別姓の話が載っていた。「またか」と思うけれど、「まだか」とも思う。進んでいない気がする。自分の苗字、佐藤がこんなに多いのはなぜだろう。爆発的な繁殖能力をもっているのか!?そうじゃあないだろう。あくまで勝手な想像だが、苗字がなかった時代から苗字を持つ時代に移るとき、どうでもいい身分の人たちには「佐藤」や「鈴木」を割り当てたのではないかと思う。時折、九条や西園寺といった格式高い苗字が羨ましくなる。
 話をもどす。。。動物の中で、自分に名前をつけているのは人間だけだ(と思っている)が、これは制度の問題だ。明治からだというから、生まれたときにはもう既にこの制度はあって、結婚したら姓を変えるのが当たり前とすり込まれている。「同じ姓じゃないと家族じゃない」と信じたい人の気持ちもわかるが、自分は、選べればいいと思う。一緒にしてもいいし、別姓でもいいと。強制されるものではないはずだ。同じ苗字でありながら互いに無関心な夫婦もいれば、別々の苗字でも深く信頼し合うカップルもいる。つまり、大事なのは「形式」ではなく「関係性」だ。子どもが生まれたとき、その子の姓をどうするかという問題が出てくるけれど、そういう現実的な調整の難しさを理由に、制度そのものを固めてしまうのも違う気がする。
 武家社会では夫婦別姓が普通だった。源頼朝と北条政子。足利尊氏と赤橋登子。どちらも自分の家名を背負って生きていた。名前を変えないことで保たれる誇りもある。できることなら、名前を変えない自由も、変える自由も、どちらも尊重される社会であってほしい。変わることも、変わらないことも、人の意志で選べるようにしておく。そのための「制度」であってほしいと思う。

 明日目を覚ますと、また生まれ変わっている。

ひらきの田植え祭り

2025-05-28
二人三脚
平行棒に掴まりながら
左麻痺にも負けない!
足跡
二人三脚を終えて
晴天に恵まれた。風もほとんど気にならない。職員が事前の打ち合わせ通り、利用者を外に誘導していく。介護付の有料老人ホームだけあって介護度の重い方もおおかったが、手際よく誘導されていた。数えたら、外に出ていたのは職員も合わせて55名程度。施設の中も担当する職員もいるから総勢60名くらいが力を合わせたことになる!すごいなぁ!地域の方も5名程度、風鈴から職員2名、雁の郷から当日飛び入り助っ人もいた!普段、施設の中で完結している仕事は、外の方はまったくわからない。どのような会話をしながら、どのような関わりを利用者と持っているのか。その一端を、地域の方々や他の事業所の職員に見てもらう場にもなった。

大死一番。泥に足を突っ込むまでが億劫だけれど、入ってしまえばもう諦めてやりきる!二人三脚と綱引きは、運動会さながらで、どこから沸き起こるのかわからないが「やるからには負けられない病」にみんなかかっていた。結局綱引きは、ひらきの家チームが勝ち、二人三脚はひらきの郷が勝った。一勝一敗のドロー。

感動したエピソードがある。
ある車椅子に乗ったひらきの郷の女性Aさんが「私も植えたい!」と言った。それを聞いた職員が最初に「車椅子の人はダメ」と止めた。ダメと聞いて、Aさんはシュンとしただろう。自分もシュンとしてしまった。
足に少し不安がある人にも参加してほしい、と思って持ってきた平行棒を田んぼに入れた。それに掴まりながら、車椅子利用の方々が何人か挑戦して田植えをする。一本も植えられない方もいたが、田んぼに入って頑張って歩を進める姿に痛く感動した。それを見ていたAさんも、挑戦することになった。左足にあまり力が入らない方だった。それでも、平行棒の先まで職員に支えられながら進み、何カ所か植えてくれた!男二人で時間をかけて田んぼから出た。田んぼから上がったAさんは満足げに「自分のような障害者はいねべ!」と誇らしげに笑っていた。
結局車椅子のご利用者も4人挑戦してくれた。何かに挑戦しようとする高齢者、それを叶えようと支える職員。それを見守る自分とたくさんの人たち。名前は不謹慎だけれど、これが冥土の土産(私たちのお米の名前)の所以だと改めて感じられた。

参加された、ご利用者と職員、地域の皆さんには心から感謝!参加できなかったけれど、縁の下で施設や現場を守ってくれた皆さんにも感謝!!

気持ちはトムクルーズ、見た目は春風亭昇太

2025-05-27
営業は結構冷たく断れるのに、知り合いにお願いされると全く断れない体質。昨日、かかりつけ医に、アザミが食べたいなぁ、と言われたので、もう辞めたはずの山へ。何週間か経って草木がだいぶ伸びたせいで、すっかり別の山になっていた。その隙間を掻い潜って、まだ雪が溶けたばかりのところを何カ所か回る。幸運にもちょうどいいサイズのアザミがまとまった量採れた。それに付随して、ウド、ミズ。。。午後一時、午前の診療が終わる時間にお届け。すごく喜んでくれた。

 田植えのために、会場と施設周辺の草刈りをした。2時間半みっちり。汗がすごくて、唇をなめただけでものすごい塩っぱかった。途中、暑さと汗でクラクラしたが、とりあえず終了した。そのまま、近くのローソンへ行ってスポーツドリンクでも買おうと思って向かった。コンビニの真ん前、けっこう傾斜のある場所に軽トラを頭から突っ込んで停めた。 車を降りたその時、立ちくらみが酷くなったのか、地面が揺れる!感覚が一瞬した、と思ったら自分の体調不良ではなくて、軽トラのサイドブレーキをかけ忘れて、車が動き出していたのだった!!うわーーーっ!!力で抑えても、どんどん車が下がっていくーーッ!!止めるからまず乗らなきゃ!に思考を代えて、なんとかドアを開けて、動く軽トラに飛び乗り、急ブレーキ!!毎週放送される、映画ミッションインポッシブル に憧れたわけでないのに、トラブルがどんどんやってくる!! ふと、回りを見渡すと、ダンプの運転手とおばちゃんたちが笑っていたので、軽く「大丈夫だ!」と手を挙げておいた。大惨事にならないでよかった 笑

ここで、第9回 風鈴の田植え 参加者大募集! 雁とひらきから来てほしいなぁ。

気分が乗らないときも

2025-05-26
 田植えのために「早朝、2時間」の草刈りを続けている。ただ、やる。けれど、最近特に寒いせいか「今日はちょっとやりたくないなぁ」と気が乗らないことが多い。こういう感情はたいてい、長靴を履くときに湧いてくる。つま先をぐいっと押し込むあの瞬間に、「今日はやめておいた方がいいんじゃないか」と耳元でささやく自分がいる。そういえば、あのマラソン選手、瀬古利彦も「今日は走りたくないと思う日がある」と言っていた。あの瀬古でさえ、である。アスリートの頂点に立つ者がそう言うのだから、草刈りごときで気が乗らない朝があっても許される気がする。オリンピック選手と比較するのもおこがましいか。

 田植えが迫っている。ひらきは明後日やるという。風鈴は来週、天気の機嫌をうかがいながら日程を調整する予定だ。少しだけ、いや、実のところはけっこう、気になっていることがある。参加者が、思っていたよりも少ない。高齢者だから無理はできないし、職員だって日々、綱渡りのような日常をこなしている。自分の楽しいことと、他人の楽しいことは違って当然だ。わかっている。わかっているけれど、それでも、「横手の参加利用者はたった4人か」と、暗くなる。これはつまり、自分の熱量が届いていないということなのだろう。届くべきところに、届いていない。それから、真に利用者本位のイベントになっていないかも知れない。会社都合になっていないだろうか。参加したいと心の奥で思っている人を参加させてあげられていないことはないか。ものすごく意義深いイベントなのに、トイレ掃除と同じ扱いになっていないか。利用者と職員が一緒に作業を行う行事はなかなかない。それが、農作業しかも田植えなんて、東北でもまだ珍しい。一緒に泥だらけになって作業して、同じ釜の飯を食べる!そういうシンプルな幸せがどれだけ尊いか。そういう時間こそが「生きている」と実感させてくれることだとずっと思っている。米は、いま、日本で最も話題にのぼる作物である。この価値あるものをみんなで収穫できれば本当に嬉しい。

「田植え楽しかった!」という利用者の笑顔を思い浮かべながら、今日も長靴を脱ぐ。

sweet memories

2025-05-23
「懐かしい 痛みだわ――」。 松田聖子の1983年のシングル「SWEET MEMORIES」の出だしの歌詞が好きだ。
 長く生きてくると、面の皮が厚くなるのか、本音と建て前がつくられるのか、子供の頃の感性がなくなってくる場の空気に応じて言葉の温度を調整する術を覚えてしまう。子どもの頃、すべてが初めてで、どう対応していいかもわからない。今思えば、世界はもっとずっとシンプルだった。嬉しいと悲しい、好きと嫌い、正しいと間違い、味方と敵、楽しいとつまらない。すべてがはっきりしていて、濁りがなかった(ような気がする)

 灰谷健次郎の本の中の詩は、今も自分のどこか、使われなくなった細胞の奥の方で息をしている気がしている 。久々に読み返してみると、垢が溜った自分が情けなくなるし、ビシビシくる。「懐かしい痛み、、、」みたいに。たしか「夜の運動場」とか言う詩が好きだったのだけれど、ネットを探しても全くヒットしない。今度本を探してみたい。

ネットにあった素敵な詩をここに貼っておきたい。

◎ チューンガム一つ 3年 村井安子

                

せんせい おこらんとって                  

せんせい おこらんとってね                  

わたし ものすごくわるいことした

                  
わたし おみせやさんの
チューインガムとってん
一年生の子とふたりで
                  

チューインガムとってしもてん

すぐ みつかってしもた

                  

きっと かみさん(神様)が

おばさんにしらせたんや
わたし ものもいわれへん
                  

からだが おもちゃみたいに                  

カタカタふるえるねん

                  

わたしが一年生の子に                  

「とり」いうてん                  

一年生の子が

「あんたもとり」いうたけど

                  

わたしはみつかったらいややから

いややいうた

一年生の子がとった
でも わたしがわるい
その子の百ばいも千ばいもわるい
                  

わるい                  

わるい                  

わるい                  

わたしがわるい


おかあちゃんに
みつからへんとおもったのに
やっぱり すぐ みつかった
あんなこわいおかあちゃんのかお
見たことない

あんなかなしそうなおかあちゃんのかおみたことない
しぬくらいたたかれて
「こんな子 うちの子とちがう 出ていき」
おかあちゃんはなきながら                  

そないいうねん

                  

わたし ひとりで出ていってん

いつでもいくこうえんにいったら
よその国へいったみたいなきがしたよ せんせい
どこかへ、いってしまお とおもた
ども なんぼあるいても
どこへもいくとこあらへん

なんぼ かんがえても
あしばっかりふるえて
なんにも かんがえられへん

おそうに うちへかえって
さかなみたいにおかあちゃんにあやまってん

けどおかあちゃんは
わたしのかおを見て ないてばかりいる
わたし どうして
あんなわるいことしてんやろ

もう二日もたっているのに                  

おかあちゃんは                  

まだ さみしそうにないている                  

せんせい どないしょう

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